2026年 1月 1日

  2026年 新年のご挨拶・コンサート開催のお知らせ



↓ そして、皆さんお待ちかね!コンサート開催のお知らせです!

どうぞ宜しくお願いします(^^)♪ ↓



Youtube動画のほうも、次々とアップロードしていますのでよければご覧くださいね♬
(↓画像クリックでYoutube動画へ飛びます(^^)♪↓)








2025年 8月 24日

  7月20日「枝璃貴子と気のいい仲間たち」のコンサートを終えて

 年2回の 「枝璃貴子と気のいい仲間たち」 のコンサートを無事終えることができました。 前回に引き続いて、楽しい雰囲気で出来たことは何より嬉しいことです。新しい参加者も増え、 お客様の顔ぶれも新しくなってきていて、コンサート中も熱心に聴いてくださり、コメントにも頷いていただき、 演奏する側もとても気分が乗って一体感を感じました。これも小ホールならではとも言えるかもしれません。もうこれからは、大ホールでスポットライトを浴びて、 客席が真っ暗の中で演奏するコンサートはやりたいとは思いません。終わってから、とても良いコンサートでしたと、皆さんがご挨拶してくださいました。
 さて、そのあとに私の苦労が待っていました。 私のiPadで録画してもらっていましたが、生で聴いていたのと、録画で見たのは全然違っていました。マイクの使い方の差で 各自の音量の差がありすぎたのです。
 私はYouTubeを頑張っていますが、 編集やアップロードの仕方は、ほんの初心者に過ぎないんです。 iPadの中では苦労して音量を一定に揃えることには成功したのですが、 iPadからパソコンに繋いでアップしたところ、 すごいノイズが入っていて、大変なことになっていました! でもアップした動画を修正することは出来ないようになっていて、一旦削除するしかないので、もう仕方がないと思っていたところ、 やはり周りからノイズが酷いということになってしまいました。
 出演者の西山英和さんがコンピューターに詳しい方で、 不得意な周りの皆さんを面倒みてあげている方なので、アップロードの仕方を見直してくださって、 iPadの中の音質のままアップできるように考えてくださいました。 すごく難しくて時間がかかったんですが、その方法で成功してノイズが酷い動画を削除して、 修正することが出来ました。こういうことが苦手な私にも根気よく教えてくださって、なんだか過疎地の小学校の先生みたいだと思いました。西山さん、ホントにありがとうございました!


(↓画像クリックでコンサートのyoutube動画へ飛びます!↓)
















2025年 7月 19日

  大変ご無沙汰してしまいました

 2月以来になってしまいました。ご覧いただいている皆様には本当に申し訳ございません。いろんな出来事がありました。そしていつもユーチューブの録画、編集、アップロードに追われていました。
 まずは、大事なお仲間だった島田実さんが4月の末に、思わぬ事故によって命を落とされました。 島田さんは、私たちが秩父に移ってまもなく、秩父に越してきました。 交通がとても不便で、3~4時間に1本くらいしかバスがなくて大変だったところを、何度も車で送り迎えをしていただいていました。秩父で過ごした5年間、本田も私も病気になったりいろんな思い出があります。
 5月31日の告別式で弟さんが、私のコンサートでデュエットをした映像をご披露してくださいました。 ユーチューブにアップしましたので、どうぞご覧ください

↑(♪傷心) 画像クリックでYoutube動画へ↑

 そして今度は、長年お世話になりました近藤征治さんの奥様、芙美子さんが闘病の末、 とうとうお亡くなりになってしまいました。 私に対しても、とても優しい愛情を向けてくださった方です。
 7月8日の告別式で、 芙美子さんがお好きだった 「あじさい」 を心を込めて歌ってきました。 あんなに苦しい病状だったのに、とても綺麗なお顔でまるで生きているようでした。 心が美しい人は綺麗なお顔で旅立つことができるんだなと、あらためて思いました。 近藤さんは、私のウェブ日記に掲載されています。
→ Web日記 ”2019年1月30日「近藤さん宅でミニコンサート」”
 芙美子さんの投稿を冊子にまとめて、 参列者の皆様に配布され、とても感動したという感想が寄せられたとのことです。

↑(♪あじさい) 画像クリックでYoutube動画へ↑


2025年 2月 26日

  第38回「枝璃貴子と気のいい仲間たち」コンサートを終えて

 2月9日「枝璃貴子と気のいい仲間たち」コンサートを無事終えることができました。 昨年7月7日のコンサートの時、この会が始まって以来のお客様の少なさで絶望的になって、今回で辞めるようなことを仲間たちに言っておりました。
 そのせいか、皆さんが頑張ってお客様を動員してくれたり、新しい仲間を参加させてくれたりしてくださって、お蔭様で盛会となることができました。そしてとても楽しい会になりました。
(↓下の画像をクリックで、コンサート動画ページへ飛びます♪)






 この会を始めてまだ間もなかった20年位前に参加したことのある仲間たちも、久々に参加していただき、 クラシックギター独奏や、ケーナ、リコーダーの合奏などで花を添えてくださいました。 お客様も出演者たちもとても楽しかったと言ってくださって、次回も是非参加しますということになりました。
 そんなわけで、コロナ以前は年2回のペースで続けていたこの会は存続することになり、慌てて会場を確保して、次回は7月20日に決まりました。
 この様子は、全部YouTubeにアップしました。編集は大変でしたが、 楽しい作業でもありました。動画がたくさんあるので、ご覧になるのも大変だと思いますが、少しづつ観ていただけたらと思います。 出演者はそれぞれ自分自身で反省点を踏まえて、今度に備えて張り切っています。
 7月20日も是非応援の程、よろしくお願いいたします。
(↓下の画像をクリックで、最新のYoutube動画ページへ飛びます! )
 
https://www.youtube.com/watch?v=U6LJi-wAZ6A



2025年 1月 1日

  2025年 新年のごあいさつ


本年もどうぞよろしくお願いいたします
皆様のご多幸を心よりお祈りいたします


 昨年は、私の故郷の酒田市も豪雨の被害を受けました。
それなので、何かメッセージを送りたいと思って、「時代を越えて」を門下の人たちと一緒に歌って、YouTubeで配信しました。


https://www.youtube.com/watch?v=QZjIp9jurC8

それから、これまでの 「70歳からのギター弾き語り入門」 はもう卒業して、「えりさんのギター弾き語り講座 中級編」 を始めました。 これはなかなか編集が大変で、2~3日もかかってしまっていますが、頑張ろうと思ってます。


https://www.youtube.com/watch?v=97qgwOBIiQA


https://www.youtube.com/watch?v=DcMIUbjO6os

登録者数は今660人ですが、1000人を目指して頑張っていますので、どうぞ応援のほど、よろしくお願いいたします。

2024年 12月 18日

  みなさまお元気ですか?

 今年もあと僅かとなって参りましたが、皆様お元気にお過ごしでしょうか。
前回5月24日の日記の後、全然書けなくなってしまいましたことをお詫びいたします。 あまりにも色々な困難が続き、心身共に不調に陥ってしまいました。それでも、YouTubeの配信とレッスンだけは休まずに続けてまいりました。今はもうそれらの困難について、ここに書いても仕方がありませんので、今後のことをご報告したいと思います。
♪ コンサート開催のお知らせです ♪
開催日 2025年2月9日「枝璃貴子と気のいい仲間たち」


 現在は、来年の2月9日の「枝璃貴子と気のいい仲間たち」の開催に向けて準備をしています。今年の7月7日のコンサートの折には、このシリーズのコンサート30数回の中で、一番お客様が少なく、さんざんな結果に終わりました。やはり、長いコロナ禍の間に世の中は変化して、フリーランスにとっては厳しい世の中になっています。 普通にコンサート、小さなライブなどを実施できていたコロナ禍以前とは明らかに違ってきていることを肌で感じています。
 また、これまでの私の周囲の方達の状況も随分変化してきています。そのようなことを考えると、もうコンサートを続けてゆくのは無理かなと思い始めています。そして、コンサート関連、YouTube、ホームページなど全面的にサポートをしてくださっていた三納さんが4年前に亡くなられてしまいまして、それらを私ひとりで背負うことになったことがなにより大変なことでした。
 三納さんが病気が悪化して、もういよいよ出来なくなった時、後任を探してくださいましたが、なかなか見つからなくて、「私にホームページが出来ますか?」と尋ねましたところ、難しすぎて無理だけどYouTubeなら頑張ればできるかもしれないと言われました。幸い、ホームページを引き受けてくださる方は見つかりまして、おかげさまでこうして続けることができています。 YouTubeは頑張ってなんとか自分で出来るようになっています。
 それなので、生のコンサートに代わってYouTubeを使って、 斬新なアイディアを取り入れたコンサートをお届けできないか考えているところです。 もちろん、今後一切コンサートをしないということではなく、条件が好転すればできるようになるかもしれません。
 私自身は、音楽に対する情熱はますます強くなっていて、表現力やアレンジカが向上していることにとても喜びを感じています。ただ、いろんな細かい作業 (コンサート関連の事務作業や譜面書きなど) が負担になってきていて、それによって体調を崩してしまっています。このような事情により、大変申し訳ないことなのですが、今回から年賀状は失礼させていただくことにいたしました。
 新年のご挨拶は、このWEB日記と、YouTubeの中でおこなってゆきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。 皆様、お元気に新年を迎えられますことを心よりお祈りいたしております。
(↓下の画像をクリックで、最新のYoutube動画ページへ飛びます! )
 
https://www.youtube.com/watch?v=PPjTqLJlfO8

2024年 5月 24日

  大変ご無沙汰いたしまして申し訳ございませんでした

 昨年6月に東京に戻ってきまして、もうすぐ1年が経とうとしています。9月30日に「山浦さんを偲ぶコンサート」と、「気のいい仲間たち」を組み合わせたコンサート (ライブ情報にチラシを掲載しております) を無事終える事ができました。

◆山浦さんを偲ぶ会より
来賓ご挨拶 近藤征治さん(友人代表)


佐藤雄二さん(職場同僚代表)


◆山浦さんを偲ぶ会より
鳥取英記さん(同級生代表)


枝璃貴子 山浦さんがコンサートで歌う予定だった5曲を披露


◆枝璃貴子と気のいい仲間たちより
Eriesアンサンブル 合唱奏


會田勝介vs枝璃貴子 コラボ


 その準備段階や終了後の作業に追われたこともありますが、 その他思いもかけない様々な困難が山積みの状態になってしまいました。YouTube とレッスンだけは休むことなく、なんとか続けてきましたが、体調不良などもあり、このWEB日記を中断してしまいましたことをお詫びいたします。
 まず一番にご報告しなければならないことがあります。 東日本大震災をきっかけに、皆様からご支援いただきました 「枝璃貴子を支援する会」 を終了することにいたしました。発案者である初代会長の山浦幸雄さんがお亡くなりになりましたこと、 そしてその後会長となった本田健治が脳梗塞となって、以前のような行動が難しくなってきておりますこと、そして、その間ずっとご協力をしてくださった近藤征治さんが奥様の介護などによる多忙さによって、これまで のような協力が難しくなりましたことがあります。
 それに、山浦さんを偲ぶ会を開催するにあたりまして、皆様に出欠のお葉書を差し上げました。コメント欄を設けなかったにも関わらず、欠席のご事情をハガキの空き用域にぎっしりと書き込んでくださった方が大変多くいらっしゃってほ んとに有り難くて感動いたしましたが、その全てが体調を悪くされている内容でした。
 もう10年以上も経って、皆様のご事情も変わってきております。そのような事を考えた上で決断致しました。これまで多大なるご支援を頂きました事、 深い感謝の思いを込めてお礼を申し上げます。 本当にありがとうございました。
 今後は「枝璃貴子と気のいい仲間たちコンサート」 を年2回と、YouTubeの配信を軸として頑張っていきたいと思います。WEB日記も、アドレスが変わってからご覧になれなくなっているのかと思っていましたところ、何人もの方々から「どうしたのか?」 とご心配いただきましたので、これからも続けていきたいと思います。
 Youtubeは「えりさんのソングセラピー」と「えりさんの簡単ギター弾き語り講座」を録画・編集・アップロードをすべて一人の力で頑張って作業しています。最初のうちはわからないことだらけでしたが、このところ大分いろんなことが分かるようになってきています。登録者数が1000人になると収益化になりますが、現在は600人までになっています。今は1000人を目標にして、いろいろと励んでいるところです。
 Youtubeでは見てくださる方が元気が湧いてくるように、願いを込めて発信しています。どうぞこれからも応援のほど、よろしくお願いいたします。

(↓下の画像をクリックでYoutubeの動画ページへ飛びます! )
 
https://www.youtube.com/watch?v=NGouFqD9aok

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https://www.youtube.com/watch?v=10a1udEPxb4


2024年 1月 1日

  2024年 新年のごあいさつ

明けましておめでとうございます
昨年はひとかたならぬお世話になりまして
心から感謝申し上げます


 昨年6月に秩父から東京に戻って参りました。 秩父に移った志は、コロナによる自粛、 怪我、病気などによって、ほとんど果たすことが出来ませんでした。
 東京に戻ってきてからは、いろいろなことができるようになって、心はワクワクしております。2年前に始めた YouTubeは、録画・編集を自分でしなければならなくなり、 最初は難しくて苦労をしましたが、 最近はだいぶ出来るようになってきました。
 コロナ禍においては、世界中の多くの人々が悲しみ、 苦しみを味わいましたが、闇の中から光を見出そうというメッセージを、ダイアナ・ロスの 「If We Hold On Together」を日本語の訳詞を作り、 YouTubeにアップしました。 1月2日に開されます。YouTubeを見ることが出来ない方もいらっしゃいますが、Googleや Yahooで「枝璃貴子」 で検索すると、 ホームページやユーチューブなど簡単に見る ことが出来ます。「えりさんのソングセラピー」 と 「えりさんの簡単ギター弾き語 り講座」 の2本立てで、頑張っています。ぜひ応援のほど、よろしくお願いいたし ます。 チャンネル登録をしていただけたら、すごく嬉しいです。
 今回のイラストは、 何年も前に描いた仏画で、「どんな強風の中でも歌い続ける」 という決意を音楽の神様、 弁財天に見立てて描きました。今年は良い年になりますことを願ってみんなで進んでいきましょう!
(年賀状作成はお正月になってからの作業になりますので、遅くなりますが、ご容赦ください。)
2024年 元旦  枝璃 貴子

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https://www.youtube.com/watch?v=fyGi_AOCC2k

2023年12月11日

  戦いすんで日が暮れて

  ホームページの更新が大変遅くなってしまいましたことを、深くお詫びいたします。 2023年は、とにかく目まぐるしい年となりまして、急いでやらなければならない作業に追い立てられていました。
 今まさに、佐藤愛子さんの著書「戦いすんで日が暮れて」という気分になっているところです。 この本は亡き母の愛読書で、母も苦労の多い人生だったので、よくわかります。葬儀の時にこの本と、入れ歯を気にしていたのでポリデントを棺の中に入れました。弟から「だれだー!こんなもの(ポリデント)入れたのはー!」と𠮟られました。
 9月30日の「山浦幸雄さんを偲ぶ会」と「枝璃貴子と気のいい仲間たち」を同時開催というのは、思っていたより、準備の段階からすごく大変で、 終わってからしばらくは空っぽ状態になりました。でも、無事に終わることが出来たことは、本当によかったと思っています。
 協力していただいた近藤さんと曾田さんを始め、門下の皆さんにも、とても感謝しています。それに、今回は出欠のハガキを出すことになったのですが、コメント欄は無かったにもかかわらず、多くの方が欠席の理由を空きスペースに細かく書いてくださっていて、私がこんなことをしようとしていることに対して感謝の思いが感じられて有難く思いました。
 山浦さんの関係の方々はやはり、ご高齢になってきているので、多くの方が体調を崩しておられました。 来られなかった皆様から託された思いを胸に、山浦さんの無念を晴らすためのプログラムを、心を込めて歌いました。
 そして、門下生の皆さんも、お仲間としての山浦さん事を思いながら歌ってくれました。山浦さんはホントに私たちに様々な貴重な思い出を残して行ってくださいました。 これからも、この仲間たちとの暖かい交流を大事にして、与えられた命を全うしていこうと思います。




偲ぶ会 近藤征治さん(友人代表)


枝璃貴子による演奏


偲ぶ会 佐藤雄二さん(職場同僚代表)


偲ぶ会 鳥取英記さん(小中学校同級生代表)


枝璃貴子と気のいい仲間たち 仲間たちの演奏 合唱奏


枝璃貴子と気のいい仲間たち デュエット 會田勝介&枝璃貴子


 2年前から始めましたYouTube「えりさんのソングセラピー」と「70歳からのギター弾き語り入門」は ライフワークとして続けて行きますが、この弾き語り講座は、ほとんどが山浦さんのレッスンをしていた時の経験が軸になっていて、教え方がわかりやすいと褒めていただいていますが、これも山浦さんが私に残してくださった財産だったんだなあ、と今頃気づきました。
 クラシックギターの弾き語りは、今の時代に評価していただくことは難しいので、なかなか登録者数は遅々として増えませんが、後世に本物の価値を残していければ本望だと思っています。
  完全にメカ音痴だった私が、自分の動画をYouTubeにあげるために、編集作業を自分でせざるを得なくなるとは、夢にも思っていませんでした。最初はわからないことばかりで、失敗を繰り返しながら何時間もかかって編集していましたが、この頃は大分色々なことが出来るようになってきて、特にデザイン的なことは好きなことなので、楽しい作業になってきています。
 どんな人たちが観ているか統計が出てくるのですが55歳以上の男性と、65歳以上の男性が全体の90パーセント位を占めていて、この頃ようやく65歳以上の女性が10パーセント位になってきたので、喜んでいるところです。
 なかなか、YouTubeの見方がわからないと、まわりの皆さんから言われていますが、簡単に観られるように工夫していきますので、どうぞ、応援の程、よろしくお願いします。 皆様、年齢とともに体調もすぐれないことも多くなってくると思いますが、脳に「自分は元気だ!」と言い聞かせると、ほんとに元気でいられるらしいですよ!
 来年は、皆様も私も元気に過ごせますように頑張りましょう!
 

2023年 6月 10日

  ご支援いただいている皆様へ

  この度は、「山浦さんを偲ぶ会」を予定通りにできなくなってしまいまして、大変申し訳なく心よりお詫び申し上げます。秩父移住計画がコロナによって、ことごとく何もできない状況で、もうこれ以上秩父にいても意味がなくなってしまったので、5月22日に東京に戻って参りました。
 「山浦さんを偲ぶ会」実施の準備は秩父にいる段階で進めていましたので、あとは皆様へのご案内パンフを作って、送付する作業だけでしたから、それは東京に行ってからで間に合うと思っていました。 ところが引っ越して来たころ、不測の事態が発生してしまいました。 Wi-Fiが工事をしないと使えないとわかり、 慌ててドコモに工事の依頼をしましたが、そこからが大変なことになり、 日々ドコモに電話をして早くWi-Fiが使えるように奮闘していました。
 6月3日に工事が終わり、WiFiは繋がりました。喜んだのも束の間、インターネットが繋がらないのです。そこでまたドコモに電話して調べていただいたところ、 Wi-Fiのルーターが期限切れに なっていることがわかり、ルーターを購入するかレンタルすることになり、 plalaからルーターを 送ってもらいました。
 説明書を見て設置してくださいとのことでしたが、とても難しくて無理だったので、設置の依頼をして6月8日に設置に来てもらうことになりました。 インターネットにつながっていないと言うことは、全てがストップしてしまうことで、メールも ラインも5月22日で止まっているし、パンフレットを作ることも、ホームページを更新することも何もかもできなくなりました。
 そんな時に近藤さんからお電話をいただき、 私たちは家族葬には参加できないと思っていたのですが、山浦さんの知人の方たちが伺ったと言うことがわかって、 偲ぶ会にはあまり集まらないだろうと知らされました。
 私は引越しのことよりも、偲ぶ会を実施することを最優先で行動していましたので、 急に24日は無理だと言われてもすぐには納得できなかったのですが、 こんなにもご案内が遅れてしまい、山浦さんの関係者があまり来ないかもしれないとなると、24日は諦めざるを得ないと言う結論に至りました。
 そして、ポジティブに考え直して、9月に恒例の 「枝璃貴子と気のいい仲間たち」のコンサートを行う予定でおりましたので、山浦さんも毎回出演していた会でもあるし、山浦さんの関係者の方たちも少し時を過ごして、落ち着いた気分になられたところで来ていただけるかもしれないと思い、第1部を「山浦さんを偲ぶ会」 として、第2部を 「仲間たちの演奏」 と言うことに切り替えようという考えに至りました。
 私は元より、山浦さんとご家族の皆さんを、 悲劇の主人公にはしたくなかったのですが、この時期になれば賑やかな雰囲気で偲ぶことができるのではないかと思います。内容は24日に予定していたそのままで進めたいと思っています。
 日程その他は改めてご案内いたしますので、どうか盛況に山浦さんを偲ぶことが出来る会にさせていただけましたら幸いに思います。
6月10日 枝璃貴子

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https://www.youtube.com/watch?v=ODvyjS2fn9Q
 

2023年 4月 11日

  山浦さんと突然のお別れ

  山浦幸雄さんのことは、ずっと私のWEB日記をご覧いただいていた方々にはお馴染みのことと思います。この12年の間、私の活動を支えて下さり、数々の 活動を共にしてきましたから、このホームページにもたくさん写真や文章が載っています。
 山浦さんとの出会いは、あまりにもご縁が深くて、説明しようと思うと膨大なことになりますので、簡略にさせていただきます。
 まず原点は、日本の宝とも言うべき詩人の松永伍一先生が、ある会で私が歌ったオリジナル曲を気に入って下さり、私のプロデュースをしてみたいと言ってくださったのです。 ところが妨害が入り実現しませんでした。 それでも何かと私を気にかけて下さっていました。
 そんな時に松永先生主催の会があって、松永先生がまだ九州で中学の先生をしておられた時代の、生徒さんである近藤征治さんと出会いました。 その近藤さんが、私のライブに同級生の山浦さんを連れて来てくださって、山浦さんは私の生徒さんになったわけです。
 山浦さんは、中学時代から今日に至るまで、ずっとエリートで威厳のある紳士でした。 震災が起きた時、私が慰問コンサートに行きたいけど、どうしたらいいか分からないでいる時に、「枝璃貴子のボランティア活動を支援する会」を立ち上げてくださって、 会長山浦さん、事務関係すべて近藤さんが担ってくださいました。
 お二人には、それ以外にも色々と大変お世話になってきました。 山浦さんは、ギターは全く初めてで、70歳からの手習いで、目標は80歳で弾き語りのコンサートが出来るようになることでした。コロナ渦で、ライブ活動ができなかったために、80歳が過ぎてしまい6月で82歳になるところでした。
 私は早くコンサートを実現させなければと思い、 それ用の5曲を前もって決めて練習していただいていました。私や山科さんが応援で出演すれば、ひとつのコンサートが成立するので、日時と会場を決めました。「祝82歳記念ライブ」と名付けることにして、「祝82歳誕生日ライブを6月24日はいかがですか?」とSMS を送ると、即「枝璃さま6月24日OKです。宜しくお願いします」と返信が来ました。
 その6日前のレッスンで、予定の5曲を全部弾いていただき、これなら何とかできそうだと安心した矢先でした。信じられない知らせが来たのは! 4月3日の朝、近藤さんから「山浦君が亡くなった!」という知らせです。レッスンした日から2週間も経ってないのに、あんなに驚いたことはありませんでした。
 奥様はずっと前に亡くされているので、お嬢さんから連絡があったそうです。家族葬にするので、だれも出席はしないとのことで、 予約をすれば葬儀場に保管されたご遺体に会うことが出来るということでした。それで、翌々日の5日に近藤さんご夫妻と、 私と本田で予約をして、対面することになりました。
 たったひとつの遺言は柩にギターだけを入れてほしいとのことでした。 それを伺って、どれ程これまでギターに打ち込んでいらっしゃったかと思うとたまらない気持ちでした。そのギターは、私の亡き父の形見のギターをお譲りしたものです。 あと一歩で夢の実現というときに、どんなに残念で悔しかったことでしょう。私はあきらめ切れませんでした。それで、対面の前日に、私の計画通りのコンサートのチラシを作りあげました。そしてギターと一緒にそれを棺に入れていただくことにしました。

当日、お嬢さんのよう子さん(画家・加山亜矢子)が出迎えてくださいました。私は絵の個展でお目にかかっていましたから、ありきたりの挨拶なんかできませんでした。 「突然すぎてまだ信じられない!」と言うと、よう子さんはパッと目を赤くして、なにか訴えるような眼差しで、私の目をじっと見つめていました。
 ご遺体の保管室は、狭くて誰もいなかったので、私達は声を出して色々と話しかけました。最後は「今までありがとうございました」と言ってお別れをしてきました。 だけど私は残念過ぎて、「山浦さんのコンサートは出来なくなりました」では済まされない気持ちでいっぱいで、なんとか山浦さんの無念を晴らしたいと思いました。それならば、コンサートの当日に、私が山浦さんに成り代わって、山浦さんが歌う予定だった5曲を歌う会を開こうと思い立ちました。
 普通の「お別れの会」なんてサラサラやりたくなんかありませんでした。サヨナラなんて絶対言いたくないからです。
 でも、同級生たちや、同僚の方々も、山浦さんを慕っておられる方が多いので、近藤さんはじめ、代表の方をゲストとして、 ご挨拶もしていただくことにして、両方の思いの折衷案として「山浦さんをしのぶ会」をコンサート形式で開催することにしました。
 山浦さんはカラオケの達人で難しい歌をたくさん歌われる方でした。特に「群青」などは圧巻で、右に出る人はいないと思います。 それらの曲を私がこれから練習するのですから、大変ですが、「山浦さんはこんな難しいものを発表するはずだったんですよ」ということが伝われば下手でもやる価値はあると思うし、 山浦さんもきっと喜んでくださるのではないかと思って、山浦さんの5曲を全部頑張って歌うことにしました。
 そう!!今朝私は気が付きました。突然の旅立ちではなかったことを。 昨年あたりから、時々一瞬気を失ったり、気持ち悪くなることがあったんですが、すぐに元に戻るので、大ごとに捉えてなかったんです。私たちは錯覚していたのかもしれません。人間は、魂の世界から肉体をまとってこの世に生まれ出て、肉体が滅んだ時に肉体を離れて元の世界に戻っていくのだそうです。
 それは、実際に医師がその瞬間を感じる時があるという著書もあり、また科学者たちが、その瞬間に体重が少し軽くなるという研究もなされています。
 肉体を車に例えると、車がオンボロになったら肉体を脱ぎ過ぎて、また新車に乗り換えて、生まれ変わるのだそうです。 山浦さんは昨年あたりから、もう壊れた車だったのに、ギターへの情熱と、月1で通っていた整体のゴッドハンドのメンテナンスによって、 時々エンストを起こしていたのに、またすぐ動きだしていたにすぎなかったのではないでしょうか。
 いみじくもお仲間の本田育子さんが言っていたのですが、 リサイタルが決まってホッとして気が緩んだのではないか?と。 だから、私達はこれで終わりにはしませんよ。
 私が山浦さんのピンチヒッターになります。 山浦さん、ほんとに素晴らしい思い出をたくさん残してくださってほんとにありがとうございました。
   
 

2023年 2月 3日

  この期に及んでまたも大試練

  私の人生における試練はたくさんありすぎて、もう報告するのも憚られる思いです。ほんとに申し訳ありませんが、一応報告と、それによって気づいたことなどを書かせていただきます。
 1月20日、急性胆嚢炎で緊急手術を受けました。 救急車で最初に運ばれた市立病院でレントゲンを撮ったところ、 胆管に石が詰まって胆嚢がパンパンに腫れている状態で、緊急に手術をしなければならないということで、すぐ手術が出来る埼玉医大病院に運ばれました。埼玉県では一番レベルの高い病院と聞いていましたから幸運だったと思います。 手術前に色々説明があって、三箇所穴を開けて腹腔鏡手術ということでした。
 震災のあった2011 年5月に卵巣腫瘍手術をしたときは、喉に器具を付ける麻酔が普通ですが、 事前にお医者さん同士の申し合わせがあって、歌う人だからと、 他の麻酔で受ける事ができました。 今回は緊急なので、喉の方でした。4~5日で声は回復すると言われたので、仕方ないと思うしかありませんでした。
 そのあとの記憶はないのですが、 後日、 本田の話によると1時間位の予定が、3時間近くかかって、 難しい手術だったと言われたそうです。 月に1度行っている吉祥寺の先生が3年ぐらい前に胆石ができているのを発見して、 薬で溶かす方法もあるとおっしゃったので、私はそれがいいとお願いして、薬をずっと飲んでいました。 昨年6月の検診で、細かく砕かれた状態になっていて、ひとつひとつが1センチより少し小さいの で、胆管に詰まりやすい大きさになっていると危惧されていたのですが、 その通りになったわけです。
 手術後、気がついた時には10人位入る病室にいました。 今は全部カーテンで囲まれて個室のようになっているので、 どんな人がいるのか全然わかりません。コロナ禍以降、 面会は禁止されているので、そんな大変な手術だったことは知らないでいました。 1日目の夜中は眠れなかったんですが、 病室の人たちのうなされる声や叫び声のような声が色々聞こえてきて、これは大変なことになったんだな、と初めて思いました。
 後で聞いたところによると、 緊急の人たちが入る病室だったそうです。 4日間食事は出来ないということでしたが、3日目からは車椅子でトイレに行っても良くなり、午後には自分から歩いていけると言って、点滴に捕まって歩いて行きました。 看護師さんが「回復早いですね」と驚いていました。 食事しなくてもお腹がすかないのが不思議でしたが、4日目の終わり頃にはさすがに少しお腹がすいたように思いました。
 横の棚に、なんか瓶に入った小さい黒い塊が何個か入っていて、 黒砂糖かな? 美味しそうと思ったら、自分の胆石でした。5日目初めての食事はお粥でしたが、 なんて美味しいんだろうと全部キレイに平らげました。 そうすると、看護師さん達が 「全部食べられたそうですね」 と嬉しそうに言ってくださるので、多少嫌いなものがあっても毎回残さずに食べました。 見回りに来られる先生も全て良好な回復ぶりであると報告されていました。なので、結構元気に退院してきました。
 後で本田から危なかったことを聞いた時には凄い驚きでしたし、喉がいつまでもおかしくて、普通の声が出ないのはそのせいだったんだと思い当たりました。 今は少しづつ良くなってきています。
 病状の話が長くなってしまって、 今日の日記の目的であったコロナ過以降の病院の実態についての話が短くなってしまいますが、以前の病院入院の時とは全然違ってしまっています。 なにしろ、ニュースで見ていた、看護師さんや医療従事者の方々が人手不足になっている現状を、 実際に体験することが出来たわけです。 皆さんとても優しく対応してくださったのですが、本来ならお願いできることも人手不足で無理なことがたくさんあって、おまけに面会できないので、 必要なものを持ってきてもらえなくて、 色々不便なことを我慢するしかありませんでした。 ナースコールもよほどのことでない限り押しませんでした。
 そして、私の血管が細くて点滴が差しにくく、腕を伸ばしたままで固定されていたので、ちょっと動かすと点滴がピーピー音が鳴るので、その度に看護師さんがきてくれましたが、あまり頻繁なので申し訳なくて、 自分で音を止められるようにしました。 一昨年前だったか、YouTubeにアップした「ありがとうの約束」 を改めてご覧いただけたらと思います。
(下の画像をクリックでYoutubeの動画ページへ飛びます!)

 https://www.youtube.com/watch?v=r_LnkxxfYvM
 口腔外科手術の後、 声が不調だった時で、ちょっとお聞き苦しいと思いますが、 自分自身実感できる歌になりました。政治家の皆さん、ホント!なんとかしてください。お願いしますよ。
 (余談)先ほど宅急便屋さんが来たのですが、 12月25日のウェブ日記に書いた 「今年も大変な年でしたね」のなかに登場した人で、「日記見ましたよ! そんなに親切にしてあげたのかって、上司に褒められました」とおっしゃっていました。そんなに喜んでいただけるなら 「クロネコヤマトの」 と書けばよかった。残念!
 

2023年 1月 20日

  「黄昏のビギン」についての思い出

  今回のYouTubeは少し気分を変えて「黄昏のビギン」を歌ってみました。
 「えりさんのソング セラピー」を始めた時から「どんな人たちにこの歌でセラピーを」と意味づけをしてきましたが、 この頃、考えが変わって、それぞれの人々がなんの歌で癒されるか?と自分で考えるのではなく、 聴く人たちの感性に委ねることにしました。なので、第何回というのもやめました。
 ところで、この歌になんの思い入れがあったのか?と言いますと、もう何十年も前、まだシンガーソングライターとして駆け出しの頃、 あるイベントで、晩年の中村八大先生と、楽屋で2人きりになったことがあったのです。
 それは子守唄のイベントで、 全国から新しい子守唄の作曲コンクールも兼ねていて、プロアマを問わずで何百人もの応募がありました。 私は公正な結果が知りたくて、ペンネームで応募しました。
 その中の10人に選ばれ、 そこから5人が入賞ということでした。 審査員をしたある方から聞いた裏話では、私の作品が選ばれそうだったのですが、ご高齢の女流詩人のかたが、 「あなたのために歌う歌」 という歌詞がくどい、と頑強に反対をして入賞できなかったのだそうです。
 その当時、私は子供を亡くしたばかりで、出だしの歌詞が「母さんの歌、聴いててね。あなたのために歌う歌」 で始まる歌だったんです。楽屋では八大先生がお弁当を前にして、「もう何も食べたくないんだよね」と弱々しくこぼされていました。 女嫌いと伺っていたのに話しかけてくださったので、私もお弁当をご一緒にいただきながら、 「10人に入ったけど、入賞はできませんでした」と、軽い気持ちで話したら、「えーっ! 譜面見せてごらん」とおっしゃって見てくださいました。 「完全に天国の歌になっているね」と優しくおっしゃっていました。そして、その後のミニコンサートで、八大先生のピアノ伴奏でその子守唄を歌わせていただくことになりました。
 子供が亡くなったばかりとのコメントが入ったので、お客様が皆さん涙してくださいました。そして、その夜はカラオケにもご一緒に来てくださって、他の歌手の方は気配りで、八大先生作曲の歌を歌っていましたが、先生はご機嫌が悪く、カラオケの編曲にダメ出しをしていました。私は、空気が読めない天然なので、加藤登紀子さんの「愛の暮らし」を歌ったら、「こんな歌の方が合ってるじゃないか」とご機嫌でした。
 それから、「日本の子守唄全集」 120曲位のなかで、 私は40数曲弾き語りをしていますが、 2曲だけ中村八大先生のピアノ入りで歌わせていただきました。 譜面は、メロディーとコードネームしか書いてない単純なものでしたが、 素晴らしい前奏を作られて 「イカ獲り舟の唄」 を八大先生の 素晴らしいピアノ伴奏で歌えたことは大変な宝物です。 あのスケールが大きくゆったりとした弾き方で、キラキラ輝くよう音色のピアノ、壮大な海のイメージのメロディーが、 私の心から一生消えることがありません。CDなので、皆さんにお聴かせできないのが残念です。これが本当の天才なんだなと思いました。

 https://www.youtube.com/watch?v=N_N6Hndrvjg
 「黄昏のビギン」 は永六輔さんと中村八大さんの黄金コンビの歌です。 たくさんの曲がある中でもこの曲は、 特に酒音づかいで、ギターで弾くにはすごく難しいコードがたくさん出てくるので、 弾き語りは至難の業ですが、 長年弾き語りを続けたおかげでしょうか。 至難の業をかなり楽にして、和音のニュアンスは変わらないように編曲する術をいつの間にか身につけていて、今回楽しく歌うことができました。
 

2023年 1月 1日

  新年のごあいさつ

 ● 明けましておめでとうございます ●

 昨年はひとかたならぬお世話になりまして心から感謝申し上げます。昨年暮れには東京から帰ってから、時間の差し迫る状況でなんとか新年用のYouTubeをあげなければと、録画・編集を頑張り、ギリギリ間に合わせる事ができました。
 世界中の多くの人々が悲しみ、苦しみを味わいましたが、闇の中から光を見出そうというメッセージを 「G線上のアリア」に込めて伝えたいと思いました。
 今年はより良い年になりますことを願って進んでいきましょう

https://www.youtube.com/watch?v=r9Nuis6P8lU
 年賀状はお正月になってからの作業になりますので、
遅くなりますが、ご容赦ください。

2023年 元旦 枝璃貴子


2022年 12月 25日

  今年も大変な年でしたね

 今年ももう残り少なくなってしまいました。 皆さまどんな一年を過ごされたでしょうか? あいも変わらずコロナが収まることもなく、 何より驚いたことに、多くの人たちは、なんとなく 歴史上の出来事のように思っていた 「戦争」 というものが現実に起きてしまいました。 来年はなんとかいい方向に向かうことを祈りながら、 私達も、とにかく頑張って生きていきましょう。
 かく言う私は、とんでもない経験をしてしまいました。このところ本田が毎日仕事に行っていますので、 住まいの近くには何もなく、どこに行くのも電動自転車に乗らなければならない状況なのですが、いつもは何でも本田に頼んで行ってもらうところ、 どうしてもコンビニで振り込み をしなければならなくなって、 自分で出かけました。
 割に近かったコンビニがなくなってしまったので、かなり遠いセブンイレブンまで行きました。ところが、その振込はセブンイレブンで扱っていなくて、 ローソンの地図を書いて教えてくれました。 それはわかりやすかったので、迷わずローソンに行けたのですが、 それからです。悲劇が起きたのは。

  私は元々 「天然記念物」 と言われたくらい世界的レベルの方向音痴なんです。 初めてのところへは、まともに行けたことは一度もありません。 そんな私が、 ローソンを出たら新しく出来た 「皆野橋」があるので、それを渡ると小柱に出られると言われたのですが、 全く橋らしいものが見つ からなくて、ようやく人がいたので聞いたところ、 その橋は全然遠いので、 小柱に行くならもう少し行った所に古い橋があるからそこから行ったほうがいいと教えてもらいました。
 それで、ようやく見慣れた国道に出ることができました。 そして、家の近くの「梵の湯」 まで300メートルという看板を見てホッとして、 しばらく行くと 「梵の湯」 という大きな看板があったので入ろうとしたら、 たくさん縄が貼ってあって、「通行禁止」 と書いてあります。
 変だとは思いましたが、人や自転車は入れる隙間があったので、急な下り坂を降りていくと、 どこにも行き場がない広場に出たので、 これは違う!と、戻ることにしました。 そうすると、 降りる時は簡単に降りられた坂道は45度以上はあって、 自転車を引っ張るしかないと登り始めたら、 自転車の重さで自転車もろとも後ろに落ちていってしまいました。 私は仰向けに大の字に倒れ、 全身痛くて起き上がれませんでした。
 110番を呼ぼうと思いましたが、 自分がどこにいるのかも分からないし、 もうすぐ秩父の生徒さんがレッスンに来る時間が迫っていたので、 必死に起き上がって、パニックで過呼吸になりながらも、 50センチぐらいづつ全体重をかけて 「押しては休み、押しては休み」を繰り返して、死に物狂いでようやく国道に戻りました。 森のようなところだったので、頭から全身落ち葉だらけで家にたどり着きました。
 ちょうどいつもの宅急便屋さんが来て、 「どうしました!どうしました!」と言って自転車を玄関まで入れてくれました。 急いで着替えてレッスン15分前にスタンバイ、間に合いました! サスペンスドラマが大好きな私ですが、 最初のシーンで森の中に倒れている死体として発見されるというシチュエーションになるところでした。

 今年はたくさんの方々のご支援をいただきまして、本当に皆さまの真心を感じさせていただきました。
 来年は皆さんが驚くような計画があります。 それに向かって頑張っていきたいと思います。 皆様もどうぞ良いお年をお迎えください。 そして、 来年もどうぞよろしくお願いいたします。

↓新しい弾き語り講座をアップロードしました!こちらからご覧ください!

https://www.youtube.com/watch?v=Em3YCOR-TOY

2022年 10月 28日

  3年ぶりの竹の子文化祭開催

  長かったコロナ禍によって、竹の塚学習センターが毎年続けてきた 「竹の子文化祭」が、今年10月23日ようやく開催されました。その間、センター使用が禁止だったり、時間変更などがあり、いくつ かのサークルが苦しい状況に追い込まれました。
 文化祭は4階ホール (300人程度規模)で、 いろいろ なジャンルのサークルが参加して毎回賑わっていました。 それに、各階の教室では絵画などの展示 会が開かれていました。
 今年はそんな事情で、舞台も展示会もいつもの3分の1にも満たないよう 参加でしたが、 参加サークルはみなさんいつもにも増して、張り切っているように感じられました。 私たちは、「ギター弾き語りサークルTUNE」 として、私を加えて7人の合唱奏となりました。
 いつものように、 私が1曲づつ曲紹介をして、一曲目は国民的スター加山雄三さんが今季限りでライブ引退ということで、 「君といつまでも&夜空を仰いで」 の2曲を組曲に編曲したものと、昭和のテレビドラマにちなんで 「さよならをするために」 そして沖縄返還50年なので、一番力を注いだ曲「島唄」の解説は、 歌詞の裏に隠された意味を説明しました。
 「デイゴの花が咲き乱れ」は、デイゴの花が満開になった年は不吉なことが起きるという言い伝えがあること。そして「風を呼び嵐が来た」 は米軍が攻めてきたという意味であること。「ウージの森であなたと出会いウージの下で八千代の別れ」は防空壕で出会った人たちも自決で亡くなってしまったこと、「島唄よ風に乗り、鳥と共に海を渡れ」は沖縄の人々の悲しい魂が鳥になって、本土に伝えて欲しいという思いを込められているということを解説して、最後は力の限り声を振り絞って歌い終わりました。舞台を降りた時、たくさんの方達から「素晴らしかった!」と声をかけていただきました。


 写真やビデオも撮っていただいていますが、 まだ私の元には来ていません。終わってからサークルの人たちと、 お向かいのデニーズで食事をしましたが、 久しぶりのことなので、すごく楽しい時を過ごすことが出来ました。

 ところで、今回は国の「旅行支援」の影響で、ホテルがどこも満員で、やっと綾瀬のホテルの予 約が取れたんですが、 綾瀬は初めてで、どこに行くのも重い荷物を携えて、何度も乗り換えなければならなくて、いつもの何倍も疲れました。
  先日YouTubeに 「えりさんの簡単ギター弾き語り講座」 をアップしました。 まだ最低限の方法でしか アップロードの仕方がわからないので、いろんな書き込みなどはできていません。
 最近、YouTubeさんの方から、私の動画の登録者数の増やし方や、収益を得る方法など、 頻繁に案内メールが来るようになりましたが、 今あまりにもiPadのやりすぎで、パニック症が悪化して、そのような難しそうなメールは頭が拒否反応を起こして、開くのも怖くなってしまいました。しばらくは、パニック症を良くすることにします。

↓新しい弾き語り講座をアップロードしました!こちらからご覧ください!
 

https://www.youtube.com/watch?v=Ck1lAOpd91E

2022年 9月 24日

  一難去ってまた一難

  9月5日から10日まで、東京に行ってきました。 8月21日の日記に書きましたとおり、今回から上野に拠点を移しました。
 初めてのホテルと、 レッスン場にするレンタルスペースの場所を確認するために、本田が同行してくれました。
 類い稀なる方向音痴の上、 腰と左仙腸骨、左股関節が痛くて、 長く歩けない状況の私には到底無理なことだったので助かりました。
  案の定、 上野駅に着いた時点で体力的に限界 に達して、本田が場所の確認に行って来る間、駅の構内で、 持ち歩いているキャンプ用の小さな折りたたみ椅子を出して、 ギターや、たくさんの荷物を傍に座りこんでいると、制服を着た駅の関係者のような女性が 「大丈夫ですか?」 と声をかけてくれました。事情を話すと安心したように立ち去りました。
 そして本田が戻ってきて、先にレンタルスペースを見に行って、 それからホテルに向かいました。どちらも駅前と書いてあったのに、とんでもないです。
  ホテルは、秋葉原のワシントンホテルとは真逆で、受付には殆どいつも誰もいなくて、 カードを使って、勝手になんでも自分でやるようなシステムでした。
  連泊の場合は「おこもりステイ」というのがあって、1日だけは掃除をする日を入れなければなりませんが、後は何も関わりなく過ごせる気楽なものでした。
 部屋に電話がない代わりに、各部屋に電子レンジがあって、これはすごく便利で一番気に入りました。他のホテルにはないです。
 さてレッスン日、 レンタルスペースはオートロックや色々決まり事が多くて、不安でいっぱいでしたが、山浦さんと山科さんにホテルに迎えにきてもらい、 3人で行けば怖くないという気分で出かけました。
  行ってみると、一昔前の古いマンションの1室で、狭いけど10人以下なら予約時間内で何人一緒にいてもいい、 ということだったので、 皆んな落ち着く感じだと言っていました。 次回からは私も、 上野の拠点も怖くないと自信を持つことができました。
  さて、秩父に帰ってきて、 YouTube の 「えりさんの簡単ギター弾き語り講座」 が、間が空き過 ぎているので、早くアップしなければと思っていました。
  でも、歯科の滅多にない方法の治療で、数日間寝込みましが、 ようやく19日に録画して、その日のうちに全部編集をして動画が出来上がりました。
  あとはアップロードをするだけとなりました。ところがなんと! いつも通りのやり方の途中でおかしくなって出来ないのです。
 毎日どうしてだろう?と朝から晩までiPadと格闘をしていたら、パニック症が悪化してしまいました。
  もうダメだと思い、 東京に行った時に、山科さんがスマホに詳しかったので、藁にもすがる思いで山科さんに、お車代を払うから、休みの日に来て、と電話しました。
 28日に休みなので、 来てくれることになりましたが、 山科さんも YouTubeはやったこともないので、できるかどうかはわかりませんが、とにかく一緒に見てもらえることになり、ホッとしています。
  今回の動画は、久しぶりだったので、 天然ボケが炸裂していて笑えると思いますが、 もう少しお待ちください。  

2022年 8月 31日

  沖縄返還50年に寄せて

 今、NHKの朝ドラでは 「チムドンドン」 という沖縄を舞台にしたドラマが放映されています。そのヒロインの夫役で出演されている宮沢氷魚さんは、「島唄」 で一世を風靡した宮沢和史さん の息子さんで、沖縄の研究をしている記者役をしています。
 「島唄」 は、 宮沢和史さんがひとつの楽曲として作られた曲ですが、 何度も沖縄に足を運ぶたびに、沖縄戦の酷い歴史を知り、 歌詞の中にその想いを込めて歌うようになりました。
 「嵐が来た」はアメリカ兵が来たという意味合いになり、 多くの住民が自決したり犠牲になった 人々の魂は鳥になって、 「鳥とともに海を渡れ」 という意味合いになってきたようです。
 私のYouTubeの 「えりさんのソングセラピー」 で、 「島唄」 か 「芭蕉布」 かどちらを歌うか迷ったのですが、今回は「芭蕉布」 にしました。
 「島唄」 は竹ノ塚センターで指導している合唱 奏のサークル「TUNE」が10月の「竹の子文化祭」で歌うことにして、今みんなで練習中です。
 ところで、「芭蕉布」は沖縄弁が沢山入っていて意味が分かりにくいので、動画に歌詞と意味を入れたいと思い、入れ方を知らなかった私は、4日間もかかってようやく出来るようになりました。 (拍手)
 なので、大満足の動画になりました。ぜひご覧くださいね!
↓こちらからご覧ください


https://www.youtube.com/watch?v=jB7DWL3o2U4

 苦労はするけれど、いろいろと覚えていくと楽しい作業になりそうです。
これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします。

2022年 8月21日

  コンピューターに人間が支配される世界

  若い頃見たアメリカ映画で、人間がコンピューターに支配されて、世界が大混乱に陥るという映画を観たことがあります。
 今まさにそれを体験しているような思いに陥ることがあります。身近なことで言えば、銀行のシステムエラーや、携帯電話のシステムエラーなど、さまざまなことが起きていますよね。ささやかながら、私もパソコン、タブレット (iPad)、スマホに振り回されている毎日です。
 まずは、YouTubeを自分でアップロードをしなくてはならない、まさにユーチューバーになってしまいましたが、四苦八苦の末、ようやく誰の手も借りないでアップロード出来た第一号は「一本の鉛筆」です。
↓こちらからご覧ください

https://www.youtube.com/watch?v=qLOOyrS8skM

 それから、「えりさんの簡単ギター弾き語り講座・四季の歌」をアップしようとして、まだアップ ロードの仕方がわからなかった時に、色々やっているうちに本来の自分のチャンネルではなく新しく別チャンネルとして上がってしまいました。削除の仕方もわからなくて困っているうちに40数人が閲覧して、3人が登録してくださっていました。
 もったいないことをしてしまいましたが、ようやくアップロードの仕方がわかった時に、本来のチャンネルにアップしました。
↓こちらからご覧ください

https://www.youtube.com/watch?v=wTd35AO5qBw

 先日、同級生がスマホを変えたら、私の動画が探せなくなったと連絡がありました。それでわかったのですが、私は「えりさんのソングセラピー」で検索すると、 すぐまとまって出てくるのですが、自分の動画だからだったらしいです。
 それで、調べてみると、YouTubeにも自分の動画がまとめて出てくる、ホームページみたいなものを作るといいと言うことがわかりました。
 ただアップロード出来ただけで満足していては、登録者数が上がらないんだそうです。私を知らない人が検索する場合、どんな動画かわからないので、不利になるんですね。ホームページのようなものに、どんな動画か10個くらい書き込むのだそうです。
 例えば、「クラシック ギター弾き語り」とか、「ギター弾き語り講座」とか書き込むと、それで観てみようと思う人が増えるとのことです。
 なにしろ登録者数が1000人以上にならないと、収益化にならないので、まだまだ道は遠いです。
 なんとか、そのホームページのようなものを作らないと、思い始めたところですが、いつ出来ることやら!  YouTube以外のことでも、色々大変なんですよ。  上野に、レッスンをするのによさそうなスペースを見つけまして、古い建物だから格安になっているそうなんです。
 秋葉原のスタジオは結構高額なので、そこを予約してみることにしました。ところがそれが、まあなんと予約の仕方が難しかったことか! 何度も同じことを繰り返し、朝から晩までかかりました。
 それに伴って、ホテルも近い方がいいので、色々とできるだけいい条件のところを探して、 見つけることができましたが、それもできるだけ安く済むようなやり方があるので、ホテルの予約も、できるまでに朝から晩までかかりました。   せっかく秋葉原のホテルはお馴染みさんになって、指定しなくても、レディースルームを用意してくれて、宅急便も私が到着前に部屋まで運んでいてくださっていて、 とても名残惜しいのですが、仕方ありません。
 次回はホテルも、レンタルスペースも、初めて行くところで、「天然記念物」 と言われるくらいの方向音痴で、全く反対方向へどこまでも行ってしまい、ちゃんと行けた試しがないので、 当日は日帰りで本田が同行してくれることになりました。(腰の具合が悪くて、重い荷物を携えてたくさん歩き回るのは無理と言うことで)
 どんなところか心配でもあり、ちょっと楽しみでもあります。

2022年 7月24日

  ささやかながら自給自足

 ようやくコロナ時代が終わるかと思っていた矢先に、とんでもない第七波がやって来ました。あまりにも突然のことで、一時はもう心が追い付いて行けない感じになりました。
 東京行きのホテルの予約を取ったばかりだったし、どうなるかと状況をみていましたが、行動制限はないという事で、門下生の人達も何も言ってこないので、東京都の1日感染者3万人超えの中、5日間滞在して来ました。東京は、都民の皆さんもまだ解き放たれた気分のままという感じで、普通に賑わっていました。
 私も、予定通りの行動を全部こなすことができました。10月の竹の子文化祭も皆さん中止の想定はない様子で練習していたので、私も文化祭に向かって弾みがつきました。助っ人の白土さん、竹内さんとも合唱奏の練習をすることが出来ました。
 それから先月、吉祥寺の主治医の先生から、年に一度の健康診断を受けていたのですが、その結果を聞きに行きました。本来なら秩父で受けなければならないのですが、秩父では集団検診か、かかりつけの医院ということで、秩父の内科にはまだかかった事がないので、ずっと吉祥寺で続けています。今回の結果は、これまでで一番いい数値になっていて、びっくりしました。胃カメラも毎年受けていますが、1~5段階の1でした。0はないんだそうです。
 ただ、骨密度だけが下降していて、転んで手首でも骨折したら大変だからと、年に2回注射をする特別な治療を受ける事になりました。でも一番嬉しかったのが長年標準よりずっと高かった中性脂肪が初めて2桁の90位になっていた事です。
 これは、本田が病気になって以来、食事の内容が良くなって来たのと、裏庭の畑で野菜が色々出来て来て、毎日新鮮な野菜を摂ることが出来るようになったのが大きいと思います。トマト・プチトマト・キャベツ・じゃがいも・エゴマ・いちじく・いちご等が出来ています。裏庭なので、量は少ないけど、2人分はあります。じゃがいもは広大な畑の方で、以前は有り余るほど摂れていましたが、今は本田がそこまで体力が戻っていないので、一部分だけにしているそうです。なにしろ雑草がすごくて大変なんだそうです。

 それから、昨年の春頃に、西尾さんが近藤さん運転の車に乗って、烏骨鶏(ウコッケイ)の雛を運んできてくださったのですが、今は大きくなって毎日卵を産んでくれるので、卵はもうずっと買わなくて済んでいます。最初は雛が7羽だったのですが、一番小さい雛が大きい雛たちを押しのけて餌を食べることが出来なくて、早く亡くなってしまいました。その後裏庭に鳥小屋を作ったところ、アライグマや他の動物に盗られて、今は4羽になってしまっています。お向かいの島崎さんが手伝ってくださって、鳥小屋を修繕して以来大丈夫です。
 一度私が、家の窓から覗いていたら、ちょうどアライグマが来ていて、じっと私を見つめていました。タヌキのような大きさで、顔がパンダみたいでした。あんな小さいのに同じ位の大きさの鳥を持っていくんだなと、驚きでした。

 そんなわけで、ささやかながら、自給自足的な気分を味わっている今日この頃です。コロナの時代をなんとか前向きな事を考えて乗り切っていくしかないですね!

2022年 6月28日

  ほんの少し、コロナ時代から前に進み始めています。

 長かったコロナ自粛の時代も、ほんの少しだけど、抜け出し始めているようです。
 私の周りで言えば、竹の塚センターで今年から「竹の子文化祭」が復活することになり、TUNEのメンバーも目標を持って練習に励んでいます。
 また、6月26日に、近藤さんのご厚意でホームコンサートをして来ました。お仲間も来てくださって、私たちも入れて10人になりました。最初は近藤さんの同級生の田中さんご夫妻が来てくださって、 奥様がお料理上手なので、昼食をいただきながらのコンサート、ということだったのですが、当日になって「誰も来るって、誰も来るって」ということで、そんな人数になって、賑やかなコンサートになりました。
 近藤さんの奥様、芙美子さんはソファーでゆっくりしていただいて、後は縦にテーブルを並べてみんなが席に着くことができました。例の「サボテン酒」の中島茂さんもいらっしゃったので、デュエットもしました。

 来年4月2日に100歳になられるので、市長さんがお祝いに来られるそうです。その時にアカペラで「愛燦燦」を披露するということで、 みんな聴きたいと言って歌っていただきましたが、すごくいい声で3番まで歌ってくれました。
 よくニュースで100歳のお祝いの様子を見ることがありますが、全然イメージが違うので驚きです。またその時は集まってコンサートをしようということになりました。
 私の上咽頭炎もだいぶ良くなってきて、調子良く歌うことができました。そして皆さんが「あじさい」は何度聴いてもいいね、と言って下さって、詩人の松永伍一先生がすごく褒めて下さっていた話題になり、 私も「命が作らせた歌だよ」というお言葉をいただいた話をしました。
 それから、沖縄返還50年という事で、沖縄戦の悲惨な思いを込めた歌「島唄」を力一杯歌いました。
 懇親会はすごく久しぶりなので、ほんとにいろんな話題になって楽しいひと時を過ごしました。なんだか私が前より綺麗になったと言われて「えー!!そうかなー?」と思いましたが、 そういえば、Youtubeを録画する時に、よく映るように頑張っているせいかな?と思いました
 ところで、Youtubeを自分で操作しなければならなくなって、わからないことだらけで、動画をアップロードする事だけは出来ていましたが、サムネイル(見出しの画面)を上げることが出来ていませんでした。 今回「合言葉はブルー」は自分でも気に入ったサムネイルを作れたので、なんとかアップロードしたいと思い、何日も四苦八苦しても出来なくて、ようやく皆さんからのご協力によって サムネイルもアップロードする事ができました。綺麗にできているでしょう?(自画自賛) これからも色々教えていただき、いろんな事が出来るようになりたいと思います。



2022年 5月30日

  ピンチから生まれるもの

 まあー!このところなんという人生のピンチを味わったことだろう。
前回書きましたように、思わぬアクシデントで歩きすぎてしまって、腰を痛めました。それに本田が帯状疱疹にかかり、相当ひどい状況で、ほとんど寝ている状態に陥りました。
 これまでずっと、食事係は本田が受け持って、買い物も全部一手に引き受けてくれていましたから、大変なことになりました。歩いて行ける範囲にお店がなく自転車以外では行けません。
 私は腰が痛くてとても自転車に乗れる状態ではありませんでした。そんなわけで、とうとう家に食糧がなくなるという所までいってしまいました。
 色々考えた末、奥の手として、今ホームページをサポートしてくださっている近所の人に思い切ってLINEで「お仕事の帰りにコンビニに寄ってお弁当とレトルトのお粥を買って来て貰えませんか?」とメールしました。そうすると事情を察して、段ボールいっぱいの買い物をしてきてくださったので、すごくびっくりして、本当にありがたく、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 その後、東京の一番弟子の山科さんが、私のピンチを知って、たくさんのレトルト食品や缶詰などを送ってくれたので、随分助かりました。本田も少し良くなってきてからは「大変なのにこんなことまでしてくれなくてもいいのに」と思うことを色々としてくれて、今まで当たり前に思ってきたことにも、感謝の気持ちが湧いてきました。そうです!感謝の気持ちの♡強さを身につけたことが、私に新しく授かった事なのです。

 5月は、3週目に東京での活動でしたが、少し歩くだけで腰が痛くて、ホテルのある秋葉原駅に到着すると、もうこれ以上歩けないという状態になって、死に物狂いでホテルに辿り着き、ベッドに倒れ込むという日々でした。
 火曜日、朝早く秩父を出発して午後到着、一休みしてから、総武線の平井に行き、ゴッドハンドのモリタさんに整体を受けました。いつもの事ですが帰りは身体が軽くなってスイスイ歩くことができました。仙腸関節を痛めたということでしたが、翌日からはまた、だんだん痛くなりました。そんなに1回ぐらいで急に治るものではありません。
 でも長年通っているおかげで、自力で回復できる力はついてきています。モリタさんはいつも、私はそういう力を持っているのに、子供の時虚弱体質だったからと、自分は弱いと思い込んでいるので、自律神経たちが「俺たちを全然信じてくれないから働かないぞ」と思って怠けているだけなんだ、と言って笑っています。そうです。自力で治そうという心を持てば、張り切って働いてくれる、との言葉を信じるようになってから、随分回復力がついてきています。
 吉祥寺の主治医の所にはずっと30年くらい継続してかかっているので、木曜日に行くことにしています。腰の事を話すと、仙腸関節が無理したことで炎症を起こした状態で、一時的なものなので、これからは無理しないようにとのことでした。そんなわけで、木・金・土曜日はレッスン日で、土曜日の夜に秩父に到着しました。いつもの何倍も疲れて、まだ腰の状態は元には戻っていませんが、先日ようやく自転車に乗って郵便局とコンビニに行く事ができました。かなり大変でしたが、だんだん回復していくのだと思います。
 ところで、前回写真で紹介した電動アシスト三輪車は届いていません。山科さんが盛んにメールで怪しいと色々言っていた事が、その通りでした。
 Amazonに電話で、配達済みとなっているのに届いていないと連絡すると、発売元の中国と連絡がつかないということで、返金ということになりました。腰も回復状況となってきているので、あんな、いかにも老人向けというものは買わなくて済んで、よかったのかもしれません。
 ピンクムーンの幸運の訪れって、これですかー?もっとわかりやすい幸運が訪れないかなあ(⌒∇⌒)
 

2022年 4月26日

  満月「ピンクムーン」の幸運?

 4月の満月はピンクムーンと言って、特別な満月で、幸運をもたらす月なのだそうです。
 私は先日、不思議な経験をしました。ことの初めは、いつもYoutubeに弾き語りをアップしておられる會田勝介さんがいつも満月の写真を撮って、呼び名を添えて送ってくださるのですが、4/16に「今日はピンクムーンです」と満月の写真を送ってくださいました。
 ちょうど秩父に居たので、外に出てみると、クッキリとした満月が出ていました。暫く見ていると月の周りにブルーの人魂のような物が7-8個フワフワと出ていました。
 このところ、iPadの見過ぎで目の不調を感じていたので、いよいよ目がおかしくなったかと思って確かめるためにじっと見ていると、そのブルーが月の周りにきれいな輪になったではありませんか! 凄く鮮やかなコバルトブルーの輪です!そしてびっくりしているうちに、それはすぐに消え、普通の満月になりました。
 私は、すぐにインターネットで「月の輪」の画像をたくさん見られるだけ全部見ました。一番近いのはこの写真ですが、周りの輪はぼやけてなく、 油絵具で書かれたようなクッキリした輪で、色は鮮やかなコバルトブルーでした。ほんの何秒かの出来事だったので、いったい何だったのだろうか?と呆然としました
 直ぐに會田さんにLINEで知らせると「それはすごい!幸運をもたらす『月暈(つきがさ/げつうん)』という現象です」とお返事を頂きました。

 凝り性の私はYoutubeで色々調べてみると「今年の4/17のピンクムーンは165年に1度の奇跡的な願いが叶う満月なので必ず見るように」と書いてありました。會田さんのお陰で何も知らずに偶然見たのでした。
 ※會田さんのYoutubeはこちらで見ることができます。
 さて、奇跡的な幸運って私に訪れるでしょうか?自分でYoutubeの作業ができるようになること?
 それと、秩父の交通が不便すぎて、バスは2-3時間も待たなければならない事もざらにあります。車がないととても暮らしていけない場所だったのです。
 4/24は市会議員選挙の日で、5日間の東京行きから前の夜にへとへとになって帰ってきたばかりで、いつもは翌日1日お休みしてるんですが、応援している宮前まさみさんにたった1票でも入れたいと思って、行った事もない投票所(秩父公民館)にバスで行ってきました。
 運転手さんに聞けば近くの停留所で降ろしてくれると思って聞きましたが、あいにく運転手さんは秩父公民館を知らないのでした。しょうがないので小耳にはさんだ「久保田」ということろで降り、 人に聞きながら歩きましたがその遠い事といったら!
 3年前に腰の圧迫骨折をして「長く歩く事、長く立っている事、長く座っている事、重い物を持つ事」のドクターストップを受けている私には過酷な出来事で、バスの不便さにブチ切れました!
 それで、もうこれはなんとかしなければならないと思って、ネットで何か楽に乗れる高齢者向きの乗り物を探したところ、コンパクトで素敵な電動三輪車を見つけ、リボ払いで即購入したのです。 時速20キロなので、自転車より遅いんじゃないかと心配なのと、車道を走らなければならないので少し怖いんですが、チンタラチンタラ乗っている人を見れば車もきっと避けてくれるのではと思います。

 この事がピンクムーンの奇跡?よくわかりませんが、確かに「良かった!」と思う事が多いこの頃です。



2022年 4月12日

  自力で動画編集に取り組む

 大変時間がかかりましたが、「枝璃貴子のいい仲間たちin秩父」のYoutubeがようやく出来上がり、ホッとしています。
 ところで、これまで三納さんの業務を引き継いでくださった友治さんが、諸事情によりやめることになりました。
 三納さんが「Youtubeは頑張れば枝璃さんでもできるけど、ホームページはいろいろ複雑なことがあるので無理です」とおっしゃっていたので、Youtubeは自分でできるようになりたいと思っていました。
 幸い「協力します」と言ってくださる方々が現れて、編集ソフトを使って、最低限の使い方を教えていただき、今回の「第7回えりさんの簡単ギター弾き語り講座」「ふるさとの2回目」を作ることができました。
 見出し(サムネイル)のアップの仕方がわからなくていつもと違うと思いますが、徐々に色々覚えていきたいと思います。

 そしてホームページ管理を引き継いで下さる方も見つかりまして、なんとか、これまで通りにやっていけるのではないかと思います。



2022年3月26日

  2年も延期になっていたコンサート開催

 2年前に開催するはずだった「枝璃貴子と気のいい仲間たちin秩父」をようやく3月13日に、無観客で開催しました。
出演者の方たちは、東京から車や、電車で、早めに集まってくれました。本田はビデオ撮りに専念しなければならないので、スタッフが1人もいないのが心配だったのですが、皆さんテキパキと手伝ってくれて、なんの滞りもなく準備が出来ました。
12時ごろには、四方田先生から立派なお花が届けられました。事前にお電話をいただいていましたが、本当に有難いことでした。
 リハーサルの時間も充分に取れて、無観客というのは、なんのピリピリ感もなく、気楽なものでした。
 オープニングはいつもの通り、Eriesひきがたりアンサンブルの合唱奏から始めました。 メンバーは竹の塚の弾き語りサークルTUNEと、助っ人たちで構成されています。
合唱奏というのは私たちが作った名称です。と、いうのはクラシックギターの弾き語りを複数で演奏する団体は、少なくとも日本には存在しないからです。合唱と合奏を組み合わせた名称です。私はこれがとても貴重で大好きな事なので、絶対に無くしたくないのです。
全員そろって練習する機会はなかったので、助っ人の人たちとは、私と2人で練習しておいて、 当日初めて合流しました。
 いつもの説明通り、上手下手は関係なく門下生は誰でも出演しています。今回はYouTubeに上げるビデオ撮りだったせいか、いつもより緊張していたようでした。でも良い経験になったことと思います。
 
 第2部は私のミニライブです。秩父のお客様が来られる設定で、曲目を考えていたので、いつもの「あじさい」などを歌うつもりでいましたが、急きょ無観客になったので、今自分が歌いたいと思う曲だけにしました。
1、戦争の悲惨風に歌う」イラク戦争のときに作った戦争の悲惨さに思いを寄せた歌。
2、平和への願い合言葉はブルー」本来、世界中がひとつになるべき「色即是空」の境地を込めて作った歌。
3、命の根源マンマ」これはカンツォーネで、確かイタリア映画の中で歌われた、出征する兵士が母に向けて歌った歌です。見た記憶が有ります。
4、失われた日常への思い夢のサボテン酒」五野上久雄さんが恒例のお花見の会への思いを詩にしたものに私が曲をつけた歌です。サボテン酒を作った99歳の中島茂さんと一緒に歌いました。お花見会ができる日を思い浮かべて。
5,苦境を乗り越える明日に架ける橋」サイモンとガーファンクルの名曲で、希望を込めて歌いました。
この5曲の順番は、実はソングセラピーとして組み立てました。これは聴いている人たちにはわからないと思いますが、無意識のうちに何かが感じられるはずだと思っています。
残念ながら、上咽頭炎が完全に治っていないので、後半は声の調子が悪くなってしまいましたが。 あとは白土さんとデユエットなど、みんなで歌ったり楽しく終えることができました。それに、みんな本田の脳梗塞のことを心配してくれていましたが、「全然普通の感じで安心した」と言っていました。左手などは不自由なんですけどね。
 そして、友治さんからYouTubeにあげてもらいました。いろいろ細かいお願いをしたり、結構大変な作業で、友治さんも工夫を凝らしてくれました。その甲斐あって、よく仕上がっていると思います。
 長いので、少しづつでも見ていただけたら嬉しく思います。






2022年3月6日

  3月13日の「枝璃貴子と気のいい仲間たちin秩父」

 2年も延期していた「枝璃貴子と気のいい仲間たちin秩父」は、想定外だったオミクロンの出現によって、またまた開催が困難な状況に追い込まれました。
でも、出演者の皆さんは開催する予定で練習をしていますので、「無観客の開催」に踏み切ることにしました。そして、コンサートをビデオ撮影をして、YouTubeに上げることに決めました。



 秩父の音楽開催に貢献されている四方田先生と、民生委員の長島さんは、本来なら色々と協力してくださることになっていましたが、今の段階では市民の皆さんがコロナに対してピリピリしている状況にあって、チラシを配布しても、今はみんな無理という感じだとおっしゃっていました。でも次に繋がるようにと、皆さんに配布してくださっています。
 そんな状況で、秩父の人たちに感染者が出ては私も困るので、「誰も来ないでいただくことにします」とお伝えしました。皆さん興味は持ってくださっているそうなので、コロナが治まった時にはたくさん来てくださることでしょう。
ところで、YouTubeの「えりさんの簡単ギター弾き語り講座」を見てくださる方たちが増えてきています。



 今回は「ふるさと」の弾き語りを勉強することにしました。「ただ弾ければいい」ということではなく、音楽の基本的なことも覚えていただけるように取り組んでいますので、もしよろしければどうぞご覧ください。

 

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2022年2月15日

  エネルギーとは?

前回の東京行きはすごく疲れて、ガス欠というか、エネルギーが全然ない状態がいつもより長くて、しかも軽い風邪気味も重なって、ゴロゴロしていました。
よく皆さんから、WEB日記や、活動している状況を見たりして、「どうしてそんなエネルギーがあるの?見習わなくては」などと言われますが、とんでもございません。頑張っている時と、エネルギー切れの時の差が激しいだけです。

YouTubeで面白い動画を見つけました。占いとか霊感とか、全面的に信じているわけではありません。でもそういう方々には低級な人と超高級な人がいると感じる事があります。
今、よく当たっている占いの人を見つけて時々見ています。
その方が、羽生結弦選手の生年月日で、生まれたときの運勢をみているのがあって、「生まれた時間がわかればもっと詳しくわかるけど、時間が分からないので、70%くらいのことしかわかりません」ということでした。でも驚いたことに、生まれた時にその人が持っているエネルギーの量が決まっているのだそうです。数字も出ていましたが、意外にも羽生選手のエネルギーの量は少ない方でした。確かに喘息の持病を持ち、フリーを滑り終わった後、すごくハフハフしているところをよく見受けますよね。
そういう人は、自分の好きなことだけをすごく一生懸命やるので、人一倍優れた力を発揮するそうです。でも、興味がないことは全く何もできなくて、疲れてしまうというところを見て、「えーっ!それって私と似ているんじゃないの?」と思ってしまいました。
人一倍優れてはいないけど、好きなことだけは深く深く追求できるし楽しいけど、ダメなことはいっぱいあって、一人前の大人とは言えないほどダメです。
 でも羽生選手は生まれながらにして、素晴らしい人格を持って、人々に影響を与え、上に立って導いていく星の元に生まれているそうです。

昨日、羽生選手が記者会見をしましたが、一番共感したことは、「自分だけが頑張っているんじゃない。自分はこうして賞賛されて幸せだけど、他の皆さんもそれぞれの環境のもとで誰もが頑張っているんです。」という言葉でした。

 私もいつもそのように思っています。家族のために頑張っている、お父さん、お母さん、それぞれのお仕事で頑張っている皆さん、みんなすごいんです。
 占いなんて!と思われる方もいらっしゃると思いますが、みんな生まれた時の宇宙の星の位置が違うんですから、それを昔から研究された統計学の元に考え出されたことです。その研究の度合いによって、すごい占い師、いかがわしい占い師が存在するんじゃないでしょうか?

 ところで、生まれつきエネルギーの量を多量に持っている、と思われる人もいますよね。 私の身近では、近藤征治さんです。もうすぐ80歳近いのですが、ご自身は油絵を描いて毎年出展されていますが、それ以外のこともすごいんです。奥様が目が不自由になられて、家事全般をすることになったにも関わらず、いろんな人たちの関わりを密にとって行動しています。私が秩父に来ていろんな苦境に立った時も、いつも電話やWEB日記を見て状況を把握して、色々と助けてくださっています。ほんとにすごいエネルギーだと思います。



 さて、エネルギー不足の私が、YouTubeの「えりさんのソングセラピー」が
「皆さま、明けましておめでとうございます」のところで止まってしまっています。
13日にようやく「江戸の子守唄」を録画しました。同時に「えりさんの簡単ギター講座」も録画しましたが、とりあえず「江戸の子守唄」を先にアップしていただきましたので、どうぞご覧ください。これからもよろしく応援をお願いいたします。

 

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2022年2月4日

  東京行きの活動内容

秩父の5回目の冬を迎えましたが、生まれて初めてというくらいの寒さです。北国育ちなのに?と言われそうですが、雪が降り積もっているほうが、寒さはまろやかなのです。こんな芯まで凍えるような寒さには、「もうグレてやる!」と何度思ったことでしょう。そのせいか、3年前圧迫骨折した腰が痛くて歩くのも大変な状況になっしまいました。東京の活動は、秋葉原のワシントンホテルの会員になっていて会員価格になっていますが、4泊5日に限って「まるッとステイ」というのがあって、もっと割安になります。しかもチェックインとチェックアウトの時間は自由です。それなので、5日間無駄なく動くようにしています。

 先月、吉祥寺の主治医の先生に「坐骨神経痛だと思うけど、2年前に完治して以来検査してないから、一応MRI撮ってみようか」と言われて、今月上京したときに合わせて、中野のMRI専門医院の予約をとっていただいていました。先月、試しにということで神経痛の薬を、普通の3分の1の量で処方されていました。それを飲んでいた時は痛みは和らいでいましたが、東京に行く1週間前に薬がなくなって、腰が痛い状態でギターや荷物をたずさえて行くハメになってしまいました。すごく大変でしたが、やっとのことでなんとか秋葉原のホテルにたどり着きました。
♦️21日火曜日に秩父を早朝に出発して、お昼過ぎにホテルに到着、午後から総武線の平井にある整体院に行くことになっています。院長先生は、初めて被災地にコラボとして同行させていただいた時からのお仲間のような方です。ゴッドハンドで、会話がすごく弾む楽しくて優しい方です。この日は受付のあたりに立っていたので、私がハーハー息切れが止まらなくて、靴を脱ぐのも座り込んでしか脱げなかったので、心配げにしていました。でもいろんな施術をしてくださって、帰りは軽くなってスタスタ歩いて帰る事ができました。
 🔹翌水曜日はレッスン日ですが、オミクロンの関係で、近い方のスタジオは休みになる可能性があったので、少し遠いスタジオを予約していました。ギターは軽いケースにしていたので、途中一回休んだけど頑張って歩いていきました。帰りは山科さんにギターを持ってもらいました。
 🔸翌木曜日は吉祥寺の主治医に行く日で、「薬が切れたらすごく腰が痛い」と伝えると、「あの薬効いたんだ!」と良かったという感じでした。
 🔹翌金曜日は一番遠い竹の塚センターのサークル指導の日ですが、秋葉原になってからは以前に比べて近くなりました。竹ノ塚駅とセンターの行き帰りは、松沼さんが車で送り迎えをしてくれます。ギターはセンターに預けてあるので、持っていかなくてもいいので楽です。
 🔸最終日の土曜日はいつもはスタジオでレッスンが終わってから、秩父に帰るというのが、いつものスケジュールです。でも今回は中野のMRI検査4時の予約が余分に入っていました。 レッスンの時は、竹内さんに腰が痛いからと電話して、ホテルに迎えを頼んで、ギターを持ってもらいました。
♦️レッスン終了後、ホテルに本田が荷物などのこともあるので迎えにきて、一緒に中野に向かいました。MRIを終えて、秩父に着いたのは夜で、タクシーも駅前に1台しかいなくなっていて、先に乗られたので、次のタクシーが来るのを待って、ようやく家に到着しました。今回はいつもの何倍も疲れました。
 翌々日、主治医の先生から「もう結果が出たよ」と電話がありました。結果は、圧迫骨折した部分と坐骨のところが、少し狭くなっていたけれど(尾骶骨も骨折していたので)、治療をするところまでいってないので大丈夫とのことでした。これからは背筋を鍛えるようにして、体重がかかるので長く立っていたり、座っていたりしないようにして、重いものを持つのは絶対ダメだから、周りの人たちに伝えておくほうがいいとのことでした。
 神経痛の薬も普通の3分の1の量でも楽になっているので、異常な寒さのせいだったのでしょう。  

 

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2022年1月19日

  三納さんお疲れ様でした

以前お知らせしましたように、これまで私のホームページ制作して頂いて以来、ホームページのサポートや、様々な活動の記録を制作して下さった三納百山(吉二)さんが、体調悪化のために引退されました。
たくさんの思い出があって、ひとつの日記には書ききれないので、折に触れて書いて行こうと思っています。でもなんと言っても一番先に浮かぶのは、「ひまわりさん」のDVDを作るために、気仙沼の大島に行った時のことです。一泊するのに、宿に酸素ボンベを2本も送らなければならないことがわかって、そんなにも病状が進んでいるのかと、驚くと同時に申し訳ない気持ちで一杯でした。その時のことはWEB日記(2018年8月17日「ひまわりさん」のDVD作り)に書いています。そのDVDはYouTubeでご覧になれます。チラシやCD、 DVDなどの装丁デザインなども、絶対に手を抜かないプロ中のプロであったと思います。そんな方にボランティア同然のお礼で、長い間お世話になることができたことは、本当に幸せなことでした。これからはゆっくりと休みながら、見守っていただきたいと思います。
 今回の日記からは、私の支援の会でご支援いただいている五野上久雄さんの甥御さんである、五野上友治さんが担当してくれました。友治さんは既にYouTube「えりさんのソングセラピー」と「えりさんの簡単ギター弾き語り講座」を立ち上げてくださっています。これからはパソコンではなくiPadでやりとりするということなので、私もiPadを使いこなせるようになければなりません。けっこう大変で四苦八苦という状況です。あまりiPadをやりすぎて、右手中指がバネ指になってしまいました。「すごい頑張っているでしょう?」と、少しふてくされて言ってみたら、めずらしく「今から色々覚えようとするのはすごいよね」みたいなことを言ってくれたので、大変だけど頑張ろうと思いました。
 新年用に撮った「えりさんのソングセラピー」はこちらからご覧になれます。
思いもかけなかったオミクロン株が出現してしまいましたね。皆さんくれぐれもお気をつけて、もうひと頑張りしていきましょう!

 

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2022年1月1日

  新年のごあいさつ

明けましておめでとうございます


昨年は世界中がコロナ渦に振り回されましたが、皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか。
今年はなんとか収まっていくことを願いたいですね。

私の方は、ワクチン2回受けたことで、東京の方も活動しやすくなり、月に1度、5日間ほどビジネスホテルに滞在して、レッスンなどをすることが出来ました。門下生の皆さんもずっと延期になっていた秩父のコンサートを「そろそろしてもいいのではないか?」と言い始めましたので、3月13日に開催することになりました。やはり、目標ができると皆さんも練習にも弾みがつき、楽しくレッスンをしています。


画像をクリック⇒PDF

秩父に移住して約4年が経ちました。コロナ渦と、私と本田の怪我や病気で、2年くらい秩父の活動はストップしてピンチに陥りましたが、身近で支援してくださる方々の援助のおかげで、何とか立ち直ることが出来ました。ほんとに感謝の気持ちでいっぱいです。

そして秩父でも、私達を手厚くサポートして下さる方達もいらっしゃるので、心強く思っています。私の怪我と病気はかなり良くなってきて、本田も左手が不自由ですが、仕事を始めています。少しずつでも、秩父の活動を始めていけたらと思っています。

そして、皆さまにとって今年は良い年になりますことを心よりお祈りいたします。 今年もどうぞ応援の程、よろしくお願いいたします。

 

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